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ぼっちのすゝめ

2016.03.25 14:21|カテゴリ:日常コメント(0)

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「友達は作らない、人間強度が下がるから」



 皆さん、そんな何の生産性のない友達付き合いをやめて、ぼっちになりましょう。




 今回は前回みたいな説得力皆無な記事ではなく、浪人した瞬間に携帯を機種変し、高校までの友人をすべて排除し、浪人時代も友達を全く作らなかったぼっちのプロフェッショナルが「ぼっちってなんて素晴らしいんだ!」ということを伝えていきたいと思います。




◎友達がいると……

 時間的にも、金銭的にも、さらには精神的にもいいことはありません。
 友達がいれば人生豊かになる? そんなの一部の限られたリア充だけの話です。友達と過ごす時間があるなら自分に投資した方が何倍も有意義です。飲み会なんてあった日には3000円以上お金が飛びます。その飲み会で何か生産的な会話が行われるわけでもなく、あるのは基本的に愚痴ばかり。その場は楽しかったかもしれませんが、家に帰ると「なんであんな無駄な時間を過ごしてしまったんだろう」と後悔。結婚式なんてやられた日にはご祝儀代だってバカになりません。そのお金で叙々苑でも行った方が何億倍もマシというものです。良い友人に巡り合えればまだマシですが、実際はお金を貸してもちゃんと返してくれないヤツや、時間にルーズなヤツが多く、ストレスが溜まるばかり。中には面倒な恋愛問題を持ち込んで来るヤツも。はっきり言おう、お前の何の生産性もない恋愛相談なんて微塵もしたくねぇ! でも円滑な人間関係を築くためには色々と我慢しないといけない……。

もうそんな思いをするのはやめましょう!

 友達がいなければ、元々問題など起こりえないのです! 人付き合いが面倒だと思ったあなたが取るべき行動は「友達を作らない」ただ一択です。




◎人間強度を上げよう

 ぼっちで1年間浪人した身から言わせてもらいましょう。現役で合格したヤツのメンタルはゴミのようです。彼らが悩んでいることがすべて些細なことにしか思えません。ぼっちで過ごすということは自分の真正面から向き合うことでもあります。自分の長所から短所までをしっかりと理解し、問題に出くわしても自分の力で解決する「生きる力」を養うことができます。何か問題があったら友人に相談して、本質的な問題が解決していないのに話しただけで満足しているひ弱なヤツらとは格が違うのは当たり前です。

 大学に入ると、とにかく予定を入れまくって手帳のどの日も字で埋め尽くされているようなタイプの人間がいます。まぁ言うまでもなく、雑魚ですね。他人といることに時間を割く人はたいてい自分がまったくできていません。特に、サークルなどのそれなりの大きな団体に所属していると、その団体の意志がまるで自分の考えだと錯覚して、結果として自分の力で考えることをやめてしまっています。しかもそういう人に限ってぼっちで過ごすのを嫌がる傾向にあります。まるで成長するつもりがない……。

 友人は人をダメにするソファと一緒です。居心地の良い環境は人をダメにさせます。そして居心地の良い環境にハマるとなかなか抜け出せなくなります。傷の舐め合いに慣れた彼らが得意とするのは自己正当化と目の前の問題から目を背けることです。周りに助けてもらうのが生きる術でもあるのですが、いつしか人に頼ることに心地良さを覚えてしまうと、成長することを放棄し、人との付き合いに全力を注ぐようになってしまいます。そうなってしまうと完全に手遅れです。己の力だけを信じる生き方ができる、それがぼっちです。

 ただし、注意しないといけないのは、ぼっちは2種類存在するということです。自ら進んで人付き合いを避けるぼっち自分に問題があって友達ができないぼっちです。もちろん、目指すべきは前者です。しかし、この2つの違いの本質は「人との交流を求めるか否か」にしかありません。というのも、後者になり得る要因としては、前回の記事にも書きましたが、コミュニケーションが苦手だったりネガティブだったりすることが挙げられます。ですが、そもそも友達付き合いをしないのであればコミュニケーションの問題なんて関係ありません。ネガティブなところだって、ちゃんと自分に向き合ってぼっちを貫くのであれば、メンタルが鍛え上がるので自然と解決します。つまり、中途半端に人付き合いを求めなければ誰もが意識高いぼっちになれるのです!




◎ぼっちだからこそ成長できる
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 ぼっちは精神面で大きく成長できるだけではありません。人と交流しないということは自分の時間がたくさんあるということです。その時間で勉強するも良し、趣味に没頭するのも良し、お金を稼ぐのも良し。ぼっちなら交際費もかからないので、お金に余裕もあります。つまり、時間とお金を無駄なく自分に投資することができるわけです。ここで投資した時間とお金は必ず未来の自分に生きてきます。私も大学生で無駄な人との付き合いを排除することによって小説や絵、動画作成といったスキルを身につけることができました。

 さらにぼっちでいるということは常に背水の陣で行動することになります。例えば、大学の講義のレポートや試験対策でわからないところがあっても、助けてくれるような友人は存在しません。しかし逆に考えてみましょう。わからないところがあっても教えてくれる友人がいると、あなたはその講義を気軽な気持ちで受け、最悪「サボっても大丈夫だろ」と思い始めます。たとえサボっても、友人の助けを経て単位だけ取得することができますが、あなたには単位以外何も残りません。中途半端に講義に出ても、完全にその時間は無駄になっています。だが、始めから一人なら、その講義を集中して聞くようになります。休むわけにもいきませんから、体調管理にも十分注意するようになります。そして、あなたは仲間とつるんでいる連中よりも圧倒的に成長することができるわけです。大学入学当初、サークル勧誘ついでに学部の講義をどのように取ればいいかの説明を受けたとき「文系科目の経済学は半分以上の人が単位来なかったからやめておけ」と言われました。しかし、興味のある講義なので、気にせず受講し、講義さえちゃんと理解していれば簡単に解ける試験を突破して、成績はほぼ満点近いものでした。試験直後は「全然できなかったー」みたいな悲鳴も聞こえましたが、結局、真面目に勉強する気があるかどうかなのです。「過去問、過去問!」と叫んでいる連中なんてはっきり言ってつるむ価値なしです。




◎ぼっちの心構え

 ぼっちとは己との戦いでもあります。たとえぼっちでも、引きこもりでもない限りどこかで人との接点は生まれてしまいます。そのとき、意識の足りないぼっちだと友人たちと遊んでいる周りが羨ましく思えて、何も行動できなくなってしまいます。ここからはぼっちとして圧倒的に成長するためにやった方が良いポイントを挙げていきます。

・起こった問題はすべて自分の中で受け止める
 どんなに辛い問題でも目を背けてはいけません。問題を先送りにしたところで、さらに新しい問題が降りかかり、最悪自分が潰れてしまいます。言い訳はもちろん、人のせいにするのは論外です。ぼっちにあるまじき行為です。問題を自分の中で分析し、どうすれば良いのか、ひたすら自分で考え抜かなければなりません。一度でも大きな問題を受け止め、冷静に対処することができる経験を積めば、自分の中である種の解決のプログラムが作成され、ちょっとした問題には動じなくなります。だからこそぼっちは、大きな問題に遭遇したとき「これはチャンスだ!」と思うべきなのです。
 では、どうやって問題を解決するか。これは実は単純で「何が問題であるのかを認識する」ことに尽きます。例えば数学がわからないと言っている人はほぼ確実に「何がわからないかわからない」という状態に陥っています。しかし、どこがわからないかが明確になれば、それについて対策すれば良いので自然と解決策が見えてきます。中には自分の力だけでは簡単に解決しない問題もあるでしょう。そういったものに遭遇したときは、ただ諦めるのではなく「どうすれば精神的負担が少ないか」とか、さらには「どうすればこの状況を楽しむことができるか」と言ったように新たな問題を提起すればいいのです。

・読書をする

 が、自分で色々考えるとどうも視点が狭く、偏った考えになりがちです。そこで、多角的に物事を捉えられるように読書をしましょう。もちろんマンガや小説ではなく、ノンフィクションの類です。あなたが深刻に悩んでいる問題のほとんどは本を読めば解決します。どうしてあなたが直面している問題が、あなただけの問題だと思っているのでしょうか。それは他の人も通ってきた道でもあり、解決策はだいたい本に記されているものです。わかりやすいところは「死」についてでしょうか。私も死について考え、恐怖に囚われた時期がありました。常に考えているわけではなく、ふとした瞬間に思い出すのがタチの悪いところです。そこで「死」に関する本を読み漁り、自分の中でどうやって「死」を受け入れるか、じっくり考えることで自分のすべきことが見えてきました。それからは恐怖に囚われることはなくなりました。
 読書とは出会いです。本を書いている人は権威ある人が多く、現実世界では決してできない対話を本というコンパクトな媒介を通してできるのです。そこらへんのふとした出会いより何倍も価値があると思いませんか? 本を選ぶときは、特定のジャンルに囚われることなく、少しでも興味を持ったら色々なものに手を出してみるといいでしょう。その一歩がさらに新しい興味を産み、あなたの世界は無限に広がっていきます。

・アウトプットする
 あらゆるものが怒涛の勢いで流れ、去って行く情報化社会。インプットするだけなら実に容易くできます。しかしインプットした情報は一回自分で使ってみないと、新しい情報が流れ込んですぐに消えてしまいます。情報はアウトプットしてようやく自分のものになります。数学だって定理を読んだだけじゃ何も使えません。自分の手で一から証明し直したり、実際に問題を解いてみて定着するのです。
 アウトプットと言われると少し難しく思えますが、一番簡単なのは文字に起こすことです。目に見える形に落とし込むだけでも、何もしないよりも遥かに効果があります。読書も何か自分に引っかかる部分があれば色々とメモしてみるといいでしょう。私はぼっちだった浪人時代は日記を書いていました。そのときの目標であったり、先生の話で印象に残っていたこと、もやもやしていた自分の気持ち等、思うままに書き残していました。自分の人格というのはこの浪人時代に確立されたように思います。
 アウトプットは定着だけでなく、問題点の明確化、そして自身の成長にも繋がります。絵描きはアウトプットの趣味で良い例です。絵を描くのは大学から始めましたが、もちろん始めはうまく描くことができませんでした。昔の作品は今でも見るのが恥ずかしいですが、同時に課題の宝庫でもあります。アウトプットした絵のおかしいと思った部分の「何がおかしいのか」をはっきりさせることで課題が産まれ、それを意識して次の絵に取りかかることで確かな成長を自分自身の手で確認することができます。このように、成長を感じるという点でアウトプットする趣味を持つというのはなかなか有効だと思います。その際に気をつけるのは、何度も繰り返していますが「問題点をわからないまま次に進もうとしない」ということです。

・ネガティブなことを口にしない
 昨今はSNSの類で弱音を吐けば、誰かしらが構ってくれるという構図ができあがっていますが、まぁ最悪ですね。言葉の力を甘く見てはいけません。私は、言葉には本当に言霊が宿ると思っています。ネガティブな発言をすれば、より自分のことをネガティブに捉えるようになります。人の悪口を言えば、その人のことがもっと嫌いになります。悪口を言う癖はやがて人を嫌いになる癖に繋がるでしょう。
 人付き合いを意図的に避けてぼっちになると言いましたが、人に嫌われる、もしくは人を嫌いになることを目指しているのではないことに注意しましょう。そんなことしたら、やがて自分が嫌いになります。逆に自分に対して悪口を言ってくる輩もいるかもしれません。が、そこで感情丸出しにして言い返したら負けです。同じフィールドに上がってしまったら、あなたはそいつと同レベルに成り下がってしまいます。一旦落ち着いて、遙かなる高みから「確かに君が言っていたようにこういう視点は足りていなかったのかもしれない、指摘してくれてありがとう」と見下す感じで感謝すれば、多少の暴言も自分の成長の糧とすることができます。やはり人間として偉くなってしまうと、下々が見えなくなってしまいますからね、こういった意見は貴重です。
 少し脱線しましたが、ネガティブな言葉は心の中で思っても、言葉にせず飲み込むべきです。特にぼっちの場合だと、そのネガティブな言葉は直接自分に跳ね返ってきます。どうしてもネガティブな感情を抱いてしまうことは誰しもあるでしょう。ですがそれを言葉にするかしないかではだいぶ違います。そして、できるのであればどんどんポジティブな言葉を吐き出すべきです。たとえ、心の底から思っていなくても、ポジティブな言葉を使うべきです。自分の使う言葉は自分の感情を、感情は思考を、思考は行動を変えていきます。ネガティブな言葉を使っているようでは、自分を変えることなど決してできません。

・間違ったプラス思考をしない
 ポジティブな言葉を伴わないプラス思考は有り得ませんが、そもそもプラス思考の仕方が間違っている人が多くいます。
 例えば、試験が難しく、悪い点数を取ってしまったとしましょう。このとき「周りの人もあまりできていないから、悪い結果は気にしないようにしよう!」という人がいます。しかしこれは単なる現実逃避であって、プラス思考ではありません。本当のプラス思考は「今回できなかったけど、これを反省の材料として次にはできるようにしておこう!」と考えるべきです。プラス思考とは、未来への自分にプラスとなる思考であると私は考えます。私は基本的に人がやらないような面倒事を(自分のキャパを越えない範囲で)どんどん引き受けます。高校の頃であれば、あまり立候補者のいなかった生徒会や、他校との交流での代表役、グループワークの内容をまとめて発表する役など、普通の人が嫌がることを積極的にこなしていました。これは、どれも自分に糧になるというプラス思考から来ているので、まったく苦ではなく、むしろやっていて楽しかったです。
 ここで気をつけて欲しいのは「常にプラス思考をせよ」とは言っていないことです。常時プラス思考している人なんていません。どんなにポジティブな人でも、一時の感情でマイナスに揺れ動くだってあるのです。重要なのは、先ほど言ったネガティブな言葉を使わないことです。そしてポジティブな言葉を日常的に使うようになれば、自ずとプラス思考はついてくるものです。

・人に期待しない、人のことを気にしない
 他人はあなたの期待に応えるために存在するわけではありません。何か良いことをしたら、あなたにも必ず良いことが返ってくるとは限りません。ぼっちはそんな都合の良い人間関係を信じてはいけません。自分は自分、他人は他人です。
 時間とお金を自分に投資するように、すべての行動はすべて自分のためと考えましょう。行動の結果、他人がどうなるか知ったこっちゃありません。他人に感謝されることをしても「これは自分の徳を積むためにやっただけで、あなたに感謝されるためにやったのではありません」ぐらいのスタンスで十分です。逆に、誰かに感謝されるために行動を起こしてはいけません。あなたはぼっちなのです。すべては自分に投資しましょう。

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 心構えを挙げて自分の想像以上に長くなってしまいました。中には「ぼっち関係なくないか?」と思われる内容もありましたが、これらの項目はぼっちの方が圧倒的に習慣化しやすいものになっています。つまり、ぼっちの方が人間として成長しやすい、ということになります。




◎ぼっちを極める

 ここからはオプションです。さらにぼっちを楽しみたいという方は参考にしてみてください。

・ぼっちで楽しめる趣味を持つ
 私であれば先ほど挙げたお絵描きや読書だったり、こうやって記事を書くのも1つの趣味になっています。基本的にインドアな趣味が多いですかね。テレビを見たりネットサーフィンするのも趣味になり得るわけですが、注意すべき点として、パッシブで楽しめるものだけではなく、何かアウトプットできる趣味を混ぜておいた方がいいです。自分から行動するものがないと、どうしても人は堕落してしまう生き物です。

・SNSをやめる
 現実で人と交流するのをやめても、ネット上の人の行動、発言に逐一反応していては時間の無駄です。特に自分の行動を律するのが苦手な人は、SNSの類をやめた方がいいです。私はアウトプットの場としてTwitterやブログを始めたわけですが、始めたのは院生になってからで、それまでSNSの類はほとんどやっていませんでした。やってなくても生活に支障なんて一切ありません。元々、昔はSNSなんてなかったんですから。

・人間観察をしてみる
 SNSの人を観測するのではなく、リアルを見ましょう。例えば渋谷といった人通りの激しいところに出て、行き交う人々を眺めてみてください。スーツを着て忙しなく歩くサラリーマン。友人と別れた途端、すんごいつまらなさそうなオーラを醸し出すギャル。馬鹿みたいに大騒ぎして今だけを楽しむチャラ男。同じような服装で個性を失くしている女子大生。ヨレヨレのチェックのシャツを着て個性全開のキモオタ。
 実際にやってみればわかることですが、2つほど気付くことがあります。
 1つは誰も私のことなど気にしていないということです。よく、必要以上に他者の視線を気にして何も行動できない、例えば、ぼっち飯とか無理だと言う人がいますが、世の中の人を見ていると、そんなこと気にしなくても良いということがわかります。あなたは他者の視線など気にせず、あなたの思うがままに行動すればいいのです。
 もう1つは、多くの人が人生を楽しんでいなさそうな顔をしているということです。どんだけバカ騒ぎしていても、一人になると急につまらない顔をするヤツもいれば、集団で行動していても、顔が笑っていない人もいます。そんな人たちを見ると、一人でも人生を満喫している自分は勝ち組なのでは、と思い笑みがこぼれてしまいます。世の中は楽しんだもの勝ちです。
 このように、人間観察を通じて、ぼっちを満喫していることが誇らしく思えるようになるのです。




◎ぼっち、社会に出る

 残念ながら、よほどの堅い意志と何の問題なく生活できる財力がない限り、社会から逃れることは不可能です。というよりむしろ、ぼっち生活を通じて人間力が上がったあなたには色んな人が寄ってくるようになります。できる人間が魅力的あるように、ぼっちを極めれば極めるほど、人を引き寄せてしまうのです。勉強できるぼっちは試験直前になると友達が増える、それと同じです。

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 ただし、仲を深めるかの選択肢はあなた自身にあります。自分と比べて明らかにレベルの劣る人間とは無理に付き合う必要などありません。もし、自分にさらなる刺激を与えてくれる人物に巡り会えたのならば、そのときにぼっちから脱却すればいいのです。

 が、現実は厳しく、世の中は残念な人ばかりです。社会人にもなれば、そんな残念な人と仕事もすることもあるでしょう。そしてそんな残念な人のミスに自分が巻き込まれるなんてことも……。しかしぼっちを極めたあなたなら、そういったことに腹を立てることもないでしょう。だって、元々他人に期待などしていないのだから。

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 そもそも、普通の人は他者との関係の中で自分を確立しています。特に大きな団体に所属すればするほど、その団体の力が自分のもののように感じられ、期待し、時に裏切られ傷つくのです。自分を見つめなおす機会がそうそうないので、大きな船に乗っている自分がいかに弱い存在であるかを理解できないのです。そうしてまた船に揺さぶられ、傷ついていくのです。
 しかし確固たる自分が確立されたぼっちは、他人によって自分が揺れ動くことはありません。たとえ社会に出ても人間関係に悩まされることなく、思うがままに行動できるようになるのです。



 さて、今までの話をまとめると、ぼっちであることは他者との関わりを排除して自分の成長のためにすべてを費やせる状態なのです。年季の入ったぼっちがそこらへんの人よりも優れているのは当たり前です。社会人になると、ビジネスの付き合いもあり、なかなかぼっちを満喫できないようになってしまうでしょう。ですから、学生のうちに進んでぼっちを経験すべきです。私は浪人というちょうど良い機会でぼっちを堪能することができました。大学に入っても最小限の人付き合いで多くの時間を自分に投資しました。

 結果としてぼっちになるのではなく、自らの意志でぼっちになるのです。こうして得たぼっちである経験は、あなたの人生を豊かにします

 皆さんに良きぼっちライフが送れるよう祈って、今回の文章を締めさせてもらいます。ではでは。

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プロフィール

ねっしー

Author:ねっしー
個人サークル『Next Nexus』で活動(予定)
元『それは割れません。』
絵描いたり、小説描いたり、数学やったり、日常のどうでもいいこと綴ったり。


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