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数学者ガイドマップ

2016.04.03 00:53|カテゴリ:数学コメント(0)

「数学科に進学するということは人生の多くのものを諦めるということである。院試の難しさ、就職率の悪さ、学生間の関係の希薄さは言うまでもない。加えて、人間的な余裕をも諦めなければならない。」

東大の数学科向けパンフより




 以前、こちらで数学科がどのようなものかを説明した記事を書きましたが、今回は数学の研究者を目指すとはどういうことなのか、について研究者の道を挫折した人間が語っていきたいと思います。




◎自分で道を切り開き、自分がトップに立つ

 まず数学者を目指す心構えとして――何に対しても言えることですが――誰かに教えてもらうのを待つのではなく、自分で何が勉強したいのか、どういった分野に興味があるのかを考えて、自分から行動するようにしましょう。要は、自分で考え、自分で行動する癖をつけるということです。基本的ですが、一番大事なことでもあります。

 研究者になるということは、自分が専攻する分野の最先端をどんどん開拓していくことになります。その分野については、自分が一番詳しくならなければ意味がありません。そして当たり前ですが、その分野について教えてくれる人などいるわけがありません。私は修士で篩法という分野の研究を行っていましたが、指導教官の専門ではないため、勉強の仕方等についてのアドバイスはもらっても、基本的には私が指導教官に篩法について教えるという形でゼミを進めていました。学部ならまだしも、修士以降は誰かに何かを手取り足取り教わるという甘い考えは捨てておくべきです。




◎学部での生活

 とは言っても、右も左もよくわからない学部時代から一人でガンガン勉強を進めていくのは難しいものです。そもそも自分が何を勉強したいかだって、色々と知識を身につけてようやく数学の世界が見えてくるわけですから、すぐにはわかるわけないでしょう。

 そこで、学部時代はゼミに慣れておくことゼミを行う仲間を作ることをやっておきましょう。もちろん、卒業するために単位を集める作業もありますが、基本的にはどんどん自分で勉強を進めて、講義で勉強したことについておさらいしつつ単位を取得していく形が良いでしょう。どうしても講義は時間の都合で要点だけを抑えたものになっているので、細かい部分は絶対に自分の手で確認しないといけません。「わかった気」にならないためにも、ゼミで理解を深めていくことをオススメします。

 さて、この「ゼミ」という言葉、文系と理系で想像するものに絶望的な乖離が存在していたりするのですが、それは置いておいて……。数学のゼミは何か一つ本や論文を選び、仲間で担当するページを決めて、担当者がその部分についてみんなに授業形式で発表する形になります。聞いている側から様々な質問も飛んでくるわけですから、発表者はどんな質問に答えられるように担当ページを熟読し、考えてくる必要があります。単純に本に書かれている内容だけを理解するであれば、それほど苦労しませんが、「本当に本に書かれているような変形をしていいのか?」とか「具体例は何かないだろうか?」と考え始めると思った以上にゼミの準備には時間がかかります。ゼミの準備については河東先生のページ(セミナーの準備のしかたについて)を参考にするといいでしょう。初めてこの文章を読んだときはゼミの準備がすんごい大変そうに思えますが、慣れてくると当たり前になります。実際、あまり時間をかけずにゼミに挑むと、質問からわかっていない部分がボロボロ出てきて、死にます。そして、逃げずに(ここ重要)無事にゼミをこなすと、数学力はもちろん、メンタルも強くなっていきます

 一人で勉強するのであれば、自分のペースでどんどん進めていくことになりますが、意志が弱いとあっという間にだらけます。ゼミの場合は発表という締め切りが設けられるので、締め切り直前のマンガ家の如く、嫌でも勉強しまくることになります。さらには発表時の質問を通じてちゃんと自分が理解しているかの確認ができ、ときには自分が気付けなかったこと、わからなかったこと等を指摘してもらえるので、自分の足りない部分を補うこともできます。勉強していて「絶対的に自分が正しい!」と思い続けることができる人はごくわずかでしょう。だからこそ、仲間とともにゼミを行うことには価値があるのです。




◎結果が出ない……

 大学院に進んでからは、オリジナルの結果を出さなければなりません。私は運も良く、わりとあっさり結果を出すことができましたが、出ない人はなかなか出ません。結果が出ない日々が続くと、精神が病みます。ひどい場合だと、メンタルが崩れてまともに思考することができなくなり、勉強にも手がつかなくなる可能性もあります。従って、あらかじめ精神面も鍛えておくのが吉と言えるでしょう。

 私の指導教官も言っていましたが新しい結果を導けるようなアイデアが閃けるかどうかは運が大きく絡みます。どんなに頭が良い人でも、ダメなときはさっぱりダメです。しかし、少なくとも運を掴みとるチャンスを増やすことであれば、できなくはありません。具体的には、自分が研究している近辺の話題にたくさん触れておくといいでしょう。アイデアは既存の要素の新しい組み合わせです。一つの視点からひたすら掘り下げようとしても、限界があります。別のテーマの手法を自分のテーマに適用してみたらうまくいく、そんな事例はたくさんあるのです。研究集会で様々な発表を聞いてみたり、もしくは仲間から色々アドバイスをもらうことがどんどん大切になっていきます。

 ただし、分野によってはまったくアドバイスどころかヒントも得られないこともあります。最後に頼れるのは己の腕力だけです。




◎博士課程に進む覚悟、そして能力はあるか?

「博士課程に進む」のには覚悟が必要だと私は思います。それも「ミュージシャンになる」とか「小説家になる」といったものと同レベルの覚悟です。
 下のリンクは指導教官から教えてもらったページです。数学だけではないですが、博士課程に進んだ人の末路がわかりやすく書かれています。


創作童話「博士(はくし)が100にんいるむら」


 さて、どうでしょうか。
 これを読んでみて「博士に進むのは怖いな」と思った方。それは正常な思考です。そしてあなたは博士課程に進むべきではありません。実際、多くの数学科生は大学院には進みますが、博士課程までは行かず、修士で就職する人がほとんどです。数学では、博士は研究者になるか否かの分かれ道でもあるのです。

 私の主観ですが、以下の要素を満たさない人は博士課程に進むべきではないと思います。


・数学ができる

・金銭的余裕がある

・メンタルが強い

・最低限のコミュニケーション能力を備えている



 一つずつ見てみましょう。


・数学ができる

 そもそも修士で独自の結果が出なければ博士課程に進むべきではありません。当たり前と言えば当たり前なのですが、ここで気をつけておかなければならないのは、大学での数学の成績が良いからと言って数学の研究に向いているとは限らないということです。先ほども少し触れましたが、成績的な頭の良さと新しい結果が出せるかは別問題です。
 逆に言えば、学部で周りにたくさん勉強できる人がいて、自分の成績が悪かったとしても、そこまで悲観することはありません。まず、その人とずっと同じ研究をするということは有り得ませんし、彼らが得意とするのは既存の結果をなぞることでしかありません。上の人を羨む暇があったら自分の武器が何であるかを見極めましょう。私であれば、正直抽象論はさっぱりで周りから何歩も出遅れていましたが、解析の計算や証明であればちょっとした閃きがあれば解けるものが多かったので、「これであれば戦える!」という自信がありました。自分の研究テーマを選んだのは正直周りの影響がほとんどで、自発的なものとは言えませんが、結果を出すだけであればそこそこ早かったと思います。

・金銭的余裕がある
 ぶっちゃけ数学の能力があれば、学振等の研究奨励金をもらいながら研究できますし、物足りないなら海外にでも行けば日本よりももっと良い待遇を受けることができるでしょう。が、本当に自分に能力があるかなんてその時になってみないとわからないものです。この手の奨励金がもらえるか否かで研究者の道を歩むかどうか判断するのはアリでしょう。ただ、ある程度のポストを得るまで収入が不安定であるのもまた事実です。お金がない時にどうやって乗り切っていくかは十分に考えておく必要があります。
 実家が金持ちである、家業を継げる、教員免許を取得している、FXで儲けている、彼女(彼氏)に養ってもらえる、宝くじを当てているetc…という人以外は博士課程に進んでも本当に大丈夫か、もう一度よく考え直しましょう。

・メンタルが強い
 何度も言っている通りです。
 たとえ、いくつも結果を出していても、その度にメンタルをやられるようであれば、きっとあなたは数学の道では幸せになれません。
 が、どうも数学の道を歩もうとしているヤツはメンタルが弱い人ばっかりな気がしています。たぶんドMな方ばかりなのでしょう。メンタルが弱い人はドMになって開き直りましょう。

・最低限のコミュニケーション能力を備えている
 数学という世間から隔離された世界であっても、学会等でコミュニケーションは必要になってきます。あって損はしません。
 ……ということを言いたいのではなく、私が言いたいのは、もし、数学の世界にいられなくなった時、コミュ力がないと完全に詰むということです。博士から就職する人も決して少なくはありません。しかしながら、数学は他の分野と違い、企業とコネクションを何も持っていません。しかも博士は能力があるということで他の新入社員よりも高給になっていますが、その分歳も取っていて、いざ、当人が使えなかった時に非常に扱いが困る対象でもあります。はっきりと言えば、よほど本人が優秀でない限り、企業は博士の学生を取りません。たとえ教員免許を持っていてもそれは同じことです。




◎最後に

 ともに勉強することはできても、研究となると数学は孤独な学問になります。一つの答えにたどり着くまでに十や百、もしくはそれ以上の没になったアイデアがあったりします。しかし、考え抜いた先に見つかる答えには言葉で言い表せないほどの価値があります。

 以前から言われていることですが、この日本では、研究者の扱いというものは決して恵まれているものではありません。数学をちゃんと理解する頭脳があれば、それをお金儲けに活かせば誰もが研究職以上の収入を得ることができるでしょう。しかし、それでも数学の道を歩む人は、数学そのものがそれほどまでに好きなのでしょう。

 夢を持つ、というのは素晴らしいことです。しかし、その夢のせいで他の自分の可能性を潰してしまうのは非常にもったいないことです。重要なのは、自分を知ること、それに尽きるでしょう。修士卒で博士には進んでいないので、私に書けるのはここまでです。実際、修士以上の人には当たり前と思えることしか書いていないかもしれません。ですが、自分を見つめなおすきっかけになれば、と思い、つらつらと文字に起こしてみました。



 最後にお願いです。もし、あなたの周りに実力もないのに研究者の道を歩もうとしている人がいたら、全力で止めてやってください。周りの説得で何とかなるようなら、その程度の決意なのです。道を正してやりましょう。もし、すべてを決意した上で研究者の道を歩む人がいたら、きっとお金に困っているでしょうから飯でも奢ってやってください。喜びのあまり自分の研究の話をし出す人もいるかもしれませんが、それは聞き流して結構です。

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プロフィール

ねっしー

Author:ねっしー
個人サークル『Next Nexus』で活動(予定)
元『それは割れません。』
絵描いたり、小説描いたり、数学やったり、日常のどうでもいいこと綴ったり。


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