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確立された確率

2016.04.03 23:17 |カテゴリ:短編コメント(0)

 学部2年でSF研に入ったときに書いた初のSF小説。そして初めての1万文字超え小説でもあります。物理の講義とか量子論の本読んで色々影響を受けた様子が痛いほどに感じ取れますね(笑)。知れば知るほどSF的発想が広がっていく、それが理系学問を学ぶ楽しさでもあります。

(12000文字程度)

確立された確率


 目が覚めると、そこは白い部屋だった。
 サイコロの形をした立方体の部屋。俺は白い椅子に座り、白い机の上に突っ伏して寝ていたようだ。
 無機質な空間に閉じ込められていた。無機質でないものと言えば、俺と対面に座っている見知らぬ男ぐらいだった。
「やぁ、お目覚めですかな」
 話しかけてきた男は白いスーツを着ていた。状況がイマイチ飲み込めない俺は、返事もせず、キョロキョロしていた。白しか目に入らない。
「ここは、世界から隔離された選択可能な世界です」
「……わけがわからん」
 素直な感想が俺の第一声となった。そのまま俺は言葉を続ける。
「俺は論理学者でも哲学者でもないんだ。だから矛盾した言葉を並べられても、全く理解できん」
「おぉ、それは申し訳ありませんでしたね」
 男はニヒルな笑みを浮かべながら返事をした。正直気持ち悪い。さすがにそんなことまで声には出さないが。
「キミは夢を見ていると考えればいいのです。そうすれば楽にこの世界を受け入れられるでしょう」
 まるでここが夢の世界でないかのような発言だ。確かに、夢にしては現実味があり過ぎる。軽く手首をつねってみたが、これは明らかに現実の痛みだ。昨晩、ベットの上で寝付いた記憶はある。ならば、寝ている間にこのふざけた空間に運び込まれたとでもいうのか?
 気持ち悪い。早く帰りたい。
「早く夢から覚めたいのだが、どうすればいい?」
 要望を簡潔に告げる。意外と俺、冷静だな。
「まあまあ焦らないでください。もう少し人との会話を楽しんでみてはいかがでしょう? 別に私はキミに危害を加えるつもりはありません」
 危害を加えるつもりはない、か。やろうと思えば危害を加えることができるとしか聞こえない。主導権が相手に握られている以上、俺はコイツと会話を楽しむしか選択肢がないようだ。
「んじゃ質問する。お前は何者だ?」
 不快感を顕にして尋ねた。
「そうですね、『神』とでも名乗っておきましょうか」
「……はぁ?」
 男は席から立ち上がり、手を広げて自慢気に説明を始める。
「厳密には、私は神なんかではありません。世界を創造したわけでもないし、誰かに崇められているわけでもない。元々はキミと同じ、人間です。しかし、私は手に入れてしまったのです! そう、神に対峙する力を!」
 声高に語る。まるで舞台の役者のように。しかし、俺からしてみれば頭のおかしい人物にしか見えなかった。
 このまま放っておくと、延々と語っていそうなので、さっさと話題を変える。
「そんで神様さんよぉ、俺はどうしてこんなところにいるんだ?」
「その問にお答えしましょう。キミは選ばれたのです」
「何に?」
「私に、です」
 光栄に思いなさい、と言わんばかりのドヤ顔に腹が立つ。しかし、ここで切れていたら相手のペースに飲まれてしまう。ここは己の感情を殺して、元の世界に戻る方法を探す方が先決だ。
「えっと、質問を変えよう。ここはどこだ?」
「始めに言ったじゃないですか。世界から隔離された選択可能な世界だとね」
「できれば東京にある建物の一室だとか、実は船に乗っていて今は無人島に向かってる途中、といった回答が欲しいのだが」
 もし、本当にそうだったら嫌だけどな。
「残念ながら、この世界では絶対的な座標など存在しません。かろうじて相対的な位置づけはできますけど、如何せんここは情報が少な過ぎます。ですから、キミの問に答えるなら、白い立方体の部屋の中、としか表現できませんね」
 改めてわけがわからない。思考が追いつかない俺は、ただ黙っていた。
「おっと、失礼。キミとしてみれば、こんな気味の悪い空間から早く抜け出したいでしょう。質問タイムはここまでにして、そろそろ本題に移るとしましょうか」
「はぁ」
 正直、本題なんか聞きたくもないと本能が叫んでいるのだが、聞かないと話が進まないのも事実。さっさと脱出するためにも我慢だ。
「さて、まずキミにこれをプレゼントしましょう」
 そうして神はスーツの内ポケットから黒光りするものを机に置き、俺の目の前までスライドさせて投げ飛ばした。俺はそれを掴んだ。
 拳銃だ。
 俺は拳銃の造形について詳しくはないが、その重み、匂いはモデルガンなんかではなく、まさしく本物だった。心が震える。それが、恐怖心からのものか、それとも好奇心からか、俺にはわからなかった。
「それは、量子銃と言います。どんなものかは実際に使ってみるといいでしょう。試しに、壁に向かってトリガーを3,4回引いてみてください」
 量子銃という見知らぬ単語があったが、俺は躊躇うことなく、席を立ち、壁に銃口を向けていた。神の言いなりになっていた。もちろん、神の言うことを聞かなければ、ここから脱出することができないのだろうが、俺の背中を押したのはそれだけではなかった。
 トリガーを引く。
「…あれ?」
 リボルバーが回っただけだった。弾は発射されない。
「いいですよ、そのまま続けてください」
 銃が欠陥品なのか、そもそも弾が発射されない仕組みなのか、俺にはわからないが、言われたとおりにトリガー引く動作を続けることにしよう。
 もう一度引く。カチッ、という音がしただけだ。そのまま三度目の動作に入る。
 パーン
 爆音とともに硝煙が立ち込める。気づいたら俺は尻餅をついていた。
 弾が発射されたのだ。
 完全に油断していた。二度も弾が出なかったのだから、三度目も弾が出ないと思い込んでいた。俺は腰が抜け、銃を手放していた。その銃を神が拾い、弾を詰め直しながら俺に声をかける。
「シュレディンガーの猫をご存知ですか?」
「えっ……あっ、まぁだいたいは」
 一応、俺は理系の大学生なので、話ぐらいは聞いたことはある。結局よく理解できなかった記憶もあるのだが。
「1時間後までに50%の確率で崩壊する原子と、粒子を検出すると毒ガスを発生する装置、そして猫を同じ箱に入れます。1時間後に猫が生きている、もしくは死んでいる確率はそれぞれ50%なわけですが、それは実際に観測するまでわからない。つまり、箱の蓋を開けるまで、猫は半分死んでいて、半分生きている状態なのです。量子論では、そんな不可思議な『重ねあわせ状態』があり得るのです」
「……で、それがこの銃と何の関係が?」
「実はその銃、トリガーを引くと50%の確率で粒子を放出する仕組みとなっているのですよ」
「ということは、粒子が検出されると弾が飛ぶのか?」
「おみごと。その通りです。つまりこの銃を猫に向けてトリガーを引けば、トリガーを引いた瞬間だけは、猫は半分死んで、半分生きている状態が実現します」
 そう言って微笑む顔がまた不気味だった。銃が発射した時は気が動転していたが、会話を交わすぐらいに冷静さを取り戻せたようだ。いつまでも尻餅をついているわけにもいかないので、そっと立ち上がる。
「お返しします」
 俺は銃を受け取った。その手は少し震えていた。
「さて、話を続けましょう」
 そう言って男は机の上に腰掛けた。視線はあくまでも上からだ。
「シュレディンガーの猫の続きです。箱の蓋を開け、猫を観測します。すると、猫はなんと生きていました。では、ここで問題です。死んでしまった猫はどこへ行ってしまったのでしょう?」
「いや、猫は生きていたんだから、元々猫は死んでいなかっただろ?」
「それはおかしいですね。だって、蓋を開ける前、猫は半分生きていましたが、半分死んでもいたんですよ? 半分死んでいた猫が生き返ったとでも言うのですか?」
「そうじゃ……ないのか?」
 正直よくわからない。事実だけ見れば生きている猫がいたのだから、半分生きているとか半分死んでいるとか考える必要があるのだろうか。シュレディンガーが偉大な人物だということは知っているのだが、その思考は俺のような凡人には理解できん。
「もちろんキミの考えも正しいです。生きている猫がいた、という事実だけを観測していればの話ですけどね。実はこういう解釈もできるのではないでしょうか。死んだ猫が観測される世界もある、という解釈です」
「つまりパラレルワールドが存在すると?」
「パラレルワールドというと少し違うのですが、まぁそんなものだと思って構いません。ここから多世界解釈について説明しましょう」
「なんだその多世界解釈というのは? パラレルワールドとは違うのか?」
「少し違います。パラレルワールドは文字通り、平行線の世界。多世界は枝分かれした世界のことです」
 何度も繰り返すが、コイツの話はわけがわからん。どう違うのだ。
「パラレルワールドは私たちの世界と独立して存在します。その世界では、キミが存在するかもしれませんし、存在しないかもしれません。私だってその世界で存在しているかどうかだってわかりません。この世界では、猫が生きていることが観測されたとしても、他の世界では、死んでいるかもしれませんし、この世界と同様生きている可能性だってあります。つまり、一つの世界で起きたことは、他の世界で起こる可能性もありますし、起こらない可能性もあります。ここと同じ世界があってもおかしくはないのです」
 えぇっと、色々こんがらがってきた。しかし、俺が黙っているため、神は説明を続ける。
「しかし、多世界では違います。この世界で起こったことは他の世界では起こりません。つまり、同じ世界は存在し得ません。この世界で起こらなかったことが多世界、もとい他世界で起こっているのです」
「つまり……どういうことだ?」
「パラレルワールドでは他の世界に対して干渉不可能なため、どうあがいても一つの結果しか産みません。猫が死ねばそれまでです。しかし、多世界ではいくつもの可能性が存在します。猫が死んでいるのを観測する世界もあれば、生きているのを観測する世界もある。実際に私たちはどちらも観測している、ということが言えるのです」
 何となくわかったので、少し頷く。
「しかし、もしこの世が多世界だとしたら、どうだっていうんだ?」
 すると、神はとびきりの不気味な笑顔を浮かべやがった。
「そう! そこで、キミに多世界であることを実感してもらいたいのです!」
 また手を広げ、詐欺師のように声高らかと。
「はぁ」
 本日何度目かわからない溜め息。とりあえず聞こう。
「その銃をキミのこめかみに突き立て、トリガーを10回引いてください」
「はぁ?」
 今度は溜め息ではなく、驚嘆の声。何を言っているんだ、コイツは。
「俺に死ねと言っているのか?」
「そうですね、1023人……ではありませんでしたね、9人のキミには死んでもらいましょう」
「ちょっと待て。俺が生きている確率は0.1%にも満たないじゃないか!? そんなふざけたことは絶対にやらねぇぞ」
「それはパラレルワールド、もといコペンハーゲン解釈での話です。言ったでしょう? ここは多世界ですって」
 また、新しい単語が出てきたが、とりあえずスルーで。
「つまり?」
 もはや自分で考えるのは限界なので、答えを言うのを促す。
「確かにキミは死にます。それを観測する私もまた存在するでしょう。しかし、生きているキミもいます。そして、そのキミは死んでいるキミを観測できません。キミが観測を続ける以上、キミは完全に死ぬことはありません。何故なら、生きているキミが必ずいるからです」
「えっと、よくわからないが、この銃じゃ俺は死なない、ということでいいのか?」
「キミが死なない、というわけではなく、死なないキミがいるという方が正しいのですが、まぁその解釈でいいとしましょう」
 しかし、信じられん。確かにこの銃は弾を発射した。あんなのを食らったら一溜まりもない。本当に生きていられるのか? いや、確か死ぬとも言ったか。
 もし、神の言う多世界解釈とやらが正しいというのであれば、生きている俺が存在する。信じられないが、要は10回だろうが100回だろうが生きている俺がいる限り、俺は死なない、ということらしい。
 ただ、神が嘘をついている可能性もある。例えば、爆音はしたが実は殺傷能力がない銃。確かに壁に銃弾の跡はあるが、今、銃に入っている弾が殺傷能力があるとは限らない。神が弾を入れ替えていた可能性は十分あり得る。
 もしくは量子銃そのものが嘘という可能性。50%で弾が発射されるのは嘘で、実は何らかの方法で銃の発射をコントロールしているのかもしれない。だとすれば0.1%に満たない奇跡を起こすのなんて実に容易い。
 ……ちょっと待て。今、俺を生かすことを前提に考えていたが、考えるべきは銃の仕組みではなく、神が俺を生かしたいのか、それとも殺したいのかではないのか?
 俺が思考を巡らせていると、神が机から降り、俺の元へ歩み寄ってきた。
「ちょっと失礼」
 そして、俺の手にある銃を取り、自分こめかみに銃口を向け、躊躇うことなくトリガーを引いた、1回、2回、3回、4回、5回、6回。リボルバーが一回転したが、爆音をあげることはなかった。
 俺が呆気に取られていると、神はそのまま壁に銃口を向けた。そして慣れた手つきでトリガーを引く。1回、2回、3回、4回。目の前で4回の爆音が響き渡った。壁に穴が開く。
 神はまた弾を補充しながら、俺に向かって言う。
「私はまず、自分に向けて6回トリガーを引きました。しかし、私は生きています。もちろん、多世界解釈の下では死んでいる私を観測しているキミもどこかにいます。でも今回に限って、それはあり得ないんですけどね。詳しくは後ほど。続けて私は4回連続で壁に向かって銃を連射しました。4回とも弾が出ましたよね? 他の世界では、弾が3回しか出ない事象を観測しているキミもいるでしょうし、全く弾が出ていない世界もあるでしょう。ただ、今キミがこの目で観測した、6回連続で弾が出ず、その後4回連続で弾が発射されるという事象はキミの言う0.1%の確率で起こったものです。厳密には有効数字4桁で0.09766%ですけどね」
 いとも簡単に奇跡を見せつけられた。悔しいが現実のようだ。しかし、これによって俺が死なない可能性は高くなったのか? いや、まだわからない。
「もう奇跡を見せてもらったんだから、俺が自分で自殺の真似事をする必要はもうないんじゃないか?」
 正論をかざしてみる。馬鹿な真似はしたくないからな。
 ただ、神はその質問を予測していたかのように返答する。
「いえいえ、確かにキミは奇跡を見たかもしれませんが、それでは多世界解釈を身を持って体験したことにはなりません。だって、コペンハーゲン解釈でも奇跡は起こりうるのですからね」
「わかりやすく説明してくれ」
「つまりです。世界がたくさんあろうが、一つしかなかろうが、今の奇跡をキミが目撃する確率は同じなのです。そこに必然的要因は何もありません。しかし、キミが量子自殺を行うのであれば話は変わります。キミの主観的本質が意識にある以上、キミが死んでいるキミと生きているキミに分かれたら、キミが存在し得るのは生きているキミの方だけです。従って、自殺を試みる度に、キミは生きているキミへとカテゴライズされていくのです。だから多世界解釈の下では、キミは主観的に決して死にません」
 むかつく話し方だが、理解できた。要するに今やることは、
「さっさと自殺すればいいんだな?」
 そう言って、神が持っていた銃を取り返し、こめかみに銃を突きつける。
 一瞬、神はきょとんとした顔をするが、すぐに
「その通りです」
 と、不気味な笑顔で返事をした。
 銃の仕組みははっきりしないが、とりあえず、神は俺を殺そうそはしていない気がする。勘だが。もし銃が暴発しても、悪い夢から覚められるだろうということで、開き直ることにした。
 トリガーを引く。1回、2回、3回。弾は出ない。だが、やはりまだ手が震える。しかし、神の不快な笑みを見ていると、ビクビクしているのが馬鹿らしくなってきた。
 その後はトリガーを引くスピードが上がり、いつの間にか10回の自殺未遂が終わっていた。
「ブラボー! お疲れ様でした」
 閑散とした拍手が虚しく響く。
 確かに疲れた。銃を握ったということもあるが、おそらく普段使わない頭をフル回転させたことの方が要因としては大きい。
「こんなに頑張ったんだから、この空間から脱出するというご褒美はないのか?」
 言うほど頑張ってはいないけどな。とりあえず、本来の目的である脱出を要求する。
「キミには脱出なんかより、もっと素晴らしいご褒美を差し上げましょう」
「脱出以上の褒美なんてない気がするけどな」
「まあまあそう言わずに聞いてください。キミには『力』を差し上げようと思っています」
「『力』……?」
「ハイ、始めに言いましたよね? 私は神に対峙する力を持っていると」
 そう言えば忘れていた。本当は神でもないのに、俺はいつの間にかコイツを神だと信じていたではないか。何だか悔しい。
「で、その『力』というのは具体的にどのような力なんだ?」
 脱出したいとは言え、『力』がどのようなものかはさすがに気になる。
「えぇ、ではお教えいたしましょう。『力』というのは、実は、波動の収束を選択できるというものです」
「は?」
 もう何度目かわからんが、またわからない単語が出てきたぞ。
「シュレディンガーの猫をご存知であれば、シュレディンガー方程式もご存知でしょう。世の中は全て波でできています。それはミクロ視点でなければ気づかないような小さな波です。そして、その波は観測して初めてどのような波かがわかります。これが波動の収束です。つまり、波動というものはあらゆる状態をとりうる『重ね合わせ状態』になっています。猫で言えば、半分死んでいて、半分生きている状態のことです。これが観測により収束して、一つの状態に落ち着くわけですが、その状態を選択することができる、というのが私の力です」
「おい、ちょっと待て。というとさっき量子銃で弾が出るか否かはお前の力で操れるってことか?」
「ええ、私がトリガーを引いた時は波動の収束を選択させていただきました」
 つまり、俺は少なくとも作られた奇跡を見せられていたということになる。
 しかし、これでこの世界が多世界なのかが怪しくなってきた。神は自分がトリガーを引いたときは力を使ったと言ったが、もしかしたら俺が銃を打つ時も、力を使っていたのかもしれない。そうであれば、世界が多世界である必要はない。怯えていたのが馬鹿らしくなってきた。
 一方、明確な事実が一つある。神の力は本物だ。もし多世界解釈が正しければ、力を行使しなくても俺は生きていることができる。しかし、神による量子自殺は力がなければ成立し得ない。トリガーを引いたのは6回とは言え生きている確率は64分の1。チートでも使わなければ死んでいたはずだ。
「さて、この力さえあれば、キミは『神』にさえなることができるのです。どうでしょう? 悪くないでしょう?」
「おいおい、ずいぶん簡単に力をくれるのだな。いや、それよりも日常でそんな量子の選択をする機会なんてなくないか?」
「確かにその通りです。こんな量子銃でも作らない限り、なかなかこの能力を活かせる機会もないかもしれません。しかし、能力は使い方次第でいくらでも実用的になりますよ。例えば、キミが量子論を研究するのであれば、この能力があればノーベル賞なんて容易いでしょう? 簡単に財と名誉と地位が手に入るわけです」
 ふむ。確かにそれは量子にケンカを打っているような能力だ。世界を構成する原理を覆している。
「でも、それではまだ神というにはまだ程遠いような気もするんだが」
「ほう、欲深いですね」
 また癪に障る笑み。慣れたけどな。
「この力はミクロを操る力です。しかし、マクロ世界はミクロが集まって構成しているわけです。従って、この力を使いこなせるようになれば、マクロ世界のあらゆる確率を操ることができるのです」
 そう言って、神は懐からたくさんのサイコロを取り出した。
「見ていてください」
 机の上でそのサイコロをいっぺんに転がした。10個以上のサイコロが転がり、そして1秒も経たずに止まる。
 全て赤い一つの点を上に向けていた。
「どうです。すごいでしょう?」
 しばらく何も言えなかった。また奇跡が作られたその光景が信じられなかった。ただ、この光景を見た俺はもうその力を信じるしかなかった。
「この力をどう使うかはキミ次第です。名誉や地位を得ることもできますし、ただ単に財を得ることもできます。使い方次第では世界平和も夢じゃないかもしれませんね」
「……この力を…………俺にくれるのか?」
「ええ、さっきからそう言っているでしょう」
 震えた。おそらく興奮しているのだろう。この力があれば奴の言う通り、色んなことができる。ギャンブルで負けるわけがないから、簡単に億万長者になれるだろう。ただ、それだけでは芸がないから、やはり名誉や地位を得るために活かすべきか。迷うところだが、じっくりこの力をどう使うか検討した後でも、十分おつりはくる。
 震えた。おそらく恐怖しているのだろう。この力があれば俺は簡単に変わってしまうだろう。いや、それよりも、何故神は俺にこの力をくれるのだ? 自分でその力を独占していた方がいいのではないか。何か裏がある。俺の直感がそう告げる。力を得た瞬間、俺は俺でなくなってしまうだろう。
 俺は興奮を抑える。
「何故、神様はその力を俺なんかにくれるんだ?」
「さぁ、気まぐれ……ですかね?」
「ふざけんな、まともに答えろ」
「おお、怖い怖い。でもそんな理由を知ったって意味がないでしょう? キミは力を手にいれれば素晴らしい人生を送れる。それで十分でしょう?」
 本当に気まぐれ、というわけではなく、どうやら何かしらの理由はあるようだな。ならば問い詰めるまでだ。
「美味しすぎる話なもんだからな、つい裏があるんじゃないかって思ってんだ。そうじゃなきゃ俺に力を与える理由がない」
「私はただ単に、この力をキミに味わって欲しい、そう思っているだけですよ」
「質問を変えよう。もし、俺がその力を受け取ったら、お前の力はどうなるんだ?」
「……失われますが、それが何か?」
 答えるまでに少しの間があった。とは言え憎たらしい笑みはなかった。おそらく嘘ではないだろう。
 ならば、神はその忌まわしき力を失いたい、と考えるのが正しいだろう。
「何故力を失ってまで、俺に力を渡そうとするんだ?」
「言ったでしょう? この力の素晴らしさをキミに知ってもらいたい。それだけですよ」
「……俺とお前はどこかで会ったことはあるか?」
「ええ、今ここで会っていますね」
 まぁおそらく会ったことはないだろう。というと、神に俺が何かしらの恩を売っていたって線はなさそうだな。
 やはり力に何か裏がある。
「また質問を変えよう。神様はその素晴らしき力をどのような形で利用したんだ?」
「そんなものを知ってどうするのですか?」
 答えるのを拒んだ。攻めるのならここからか。
「いや、参考までに知っておきたくてな。もし、俺が力を手に入れてもうまく利用できないかもしれないし」
「私としてはまたそれも一興、ですけどね」
「いやいや、おそらくお前はその力をうまく使えなかったはずだ。だから、俺にその力を渡して、忌まわしき力とおさらばしたい。違うか?」
「面白いですね。一つの推測として正しいことを認めましょう。でもそれはあくまでも推測に過ぎませんよ」
「もしだ。もし俺が力を手に入れてお前と同じ末路を辿ったらどうする? それは同じ立場として何とかして防ぎたいと思わないのか?」
「…………」
「神様だって元々人間だったのだろう? 人間が時に無力なのは当たり前だ。俺だってそれは身を持ってよく理解している。だから神様だろうがたまには弱さを見せてもいいんじゃないのか?」
「……そう、ですね。キミには参りましたよ。では、特別に私がどのような人間だったのかお教えいたしましょう」
 俺は心の中でガッツポーズをした。
 とは言え、ある意味ここからが本番だ。俺がその力を得るべきか否かを判断するために。
「私がこの力に気付いたのは、今のキミと同じ、大学生の時でした。本当はもっと前からこの力が使えたかもしれません。しかし、それがなんだったのかわからなかった。力を理解できたのが大学生、ということです」
「力を自覚した後はどうしたんだ?」
「研究しました。研究、と言っても学術的なものではなく、自分の力で何ができるか、といったものですが。始めは苦労しましたが、ちょっとした確率ぐらいならいじれるようになりました。また、犯罪にも手を染めました。主にハッキングです。複雑な暗号を求めると、量子暗号に辿り着きます。しかし、私にとって量子暗号などないに等しい。様々なデータを閲覧し書き換えました。中には見たくもないデータもありました。国の裏側、とでも言っておきましょう。まぁそれは置いといて、気付けば大学をやめていました。お金はギャンブルでも裏の仕事でも、いくらでも稼ぎようがありましたからね――」
 そう言って神は目をつむった。そしてゆっくり瞼を開け、白い天井を仰ぎ、そっと呟くように話を続ける。
「私には愛する女性がいました。彼女は病弱で、いつも病院のベッドの上にいました。彼女が患っている病気は大変重いものでした。その病気に効果のある手術も、長期的なもので費用も莫大にかかります。私は彼女に全てを捧げるつもりでした。そのために一生彼女を養えるぐらいのお金を稼ぎました。彼女と幸せに暮すために。しかし、彼女は手術を受けるのを拒みました。なんて言ったと思います? 『私なんかに構っていないで普通に幸せになって欲しい。私といると不幸にしかならないよ』とね。私にはその言葉の意味が未だによくわかりません。だって、一生養えるほどのお金はあったんですよ? 彼女に全てを捧げる覚悟もあったんですよ? ……そうして彼女は私の目の前から消えていきました。彼女の言う通り、私は不幸になりました。理解できないけど、彼女の言うことは正しかった。だから私は普通に幸せにならないといけません。こんな彼女の生の確率を変えられなかった力を捨ててね」
 俺は何か声をかけなくてはいけないと思った。が、相応しい言葉が何も出てこなかった。だから黙っていることしかできなかった。
「これでも私は普通の人間に戻りたいと思っているのです。色々と罪は重ねてきましたけどね。だから頑張ってこの力を他人に譲渡する方法も見つけました。そうして、今、この場にいるのです」
「何故――俺、なんだ?」
「それこそ、気まぐれ、ですかね。私の直感でキミがいいと思っただけです。そしてキミを選んで良かったと思います。キミのように聡明な方であれば、私と同じ道を辿ることはないでしょうから。悪用する分は構いませんよ。簡単に核とかも操れますから、世界征服だって夢じゃありませんよ」
 そう、笑いながら言い放つ。ただ、その笑みにそれほど不快感はなかった。
 神と言えども人間だった。では、俺自身に問おう。俺は神になることができる器の持ち主か? 決して力に惑わされることなく、自分の道を貫けるか? やがて来る困難に真正面から立ち向かうことができるのか?
 答えはわかっている。
「受け取れないな」
 そっと一言、俺は答えを口にする。
「そう……ですか。まぁ無理強いはしませんよ」
 神は以外にもネチネチと言及しなかった。自分の気持ちを一旦吐き出して、色々と心の整理ができたのであろう。
 始めはかなりムカつく神様だったが、今となっては普通に友達として出会いたかった、と思うほどになっていた。
「では、この世界から脱出する方法をお教えいたしましょう。あそこの扉をご覧ください」
 神は俺の後方を指さした。すると、いつの間にかそこには扉が現れていた。
「その扉を開いて、廊下を真っ直ぐ進み、次の扉を開けば、キミは元の世界へ帰れることでしょう」
「わかった。ありがとな」
 反射的に出た感謝の言葉。思えば、何も感謝するようなことはされていないな。まぁ俺の気持ちの問題だ。
 俺は扉へと歩みを進める。
 ただ、最後に聞きたいことがあった。
「お前はこれからどうするんだ?」
「キミが受け取ってくれなかったら他の誰かにこの力を差し上げよう、と思っていたのですが、キミ以外の誰かにこの力を与えるのは何だか躊躇われることに思えてきました。もしかしたら、私には他にやるべきことがあるのかもしれませんね。彼女はもう救えませんが、私と似た境遇にある人をこの力で助けられるのかもしれませんし。キミが去ってからゆっくり考えることにしますよ」
「そうか。お前ならきっといい答えが見つかるよ。んじゃ今度会う時は友達として再会しようじゃないか」
「ええ、そうですね」
 少し名残り惜しいが、俺はさっさと元の世界に帰ることにした。
 アイツならきっとうまくやっていけるだろう。困難をより越えた奴ほど強くなれるのだから。
 扉を開けると、神の言う通り、白く廊下が待ち受けていた。だが、長い。とりあえず、前に進むしかなかった。
 無機質な空間を歩きながら、さっきの出来事を思い返していた。本当に不思議な場所だった。現実味はあったが、未だに夢じゃないかと疑ってしまう。そして自分の器を越えた力。それを手にした人間は一時の幸せを手に入れるが、その代償も大きい。なぜなら、人間そのものは弱いのだからな。
 そんな哲学者気取りのことを考えていると、ようやく扉に出会した。
「ふぅ、ようやく帰れる……」
 扉の取手を掴む。やはり少し名残り惜しいようだ。でももし、またアイツと出会えるようなことがあれば、今度は一緒にいい酒でも飲めそうな気がする。
 手に力を込め、扉を開ける。白い世界にまばゆい光が差し込んできた。

 そこには信じられない光景が広がっていた。
「やぁ、マイフレンド」
 白い立方体の部屋。白い机に白い椅子。そして白いスーツを着た男。
「言い忘れていたのですが、その扉は量子扉と言って50%の確率で同じ部屋に戻ってきてしまうのですよ。でもキミの中には元の世界に戻れたキミもいるから安心してください」
 ……早くも前言撤回しなければならないようだ。

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プロフィール

ねっしー

Author:ねっしー
個人サークル『Next Nexus』で活動(予定)
元『それは割れません。』
絵描いたり、小説描いたり、数学やったり、日常のどうでもいいこと綴ったり。


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