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引きこもり

2016.05.29 14:10 |カテゴリ:短編コメント(0)

 SF研で書いたSF小説2つめ。可能無限とか実無限が自分の中でマイブームだった頃に書いた作品です。
 最近長編ラノベを書いていて、更新が滞っていますが、頑張って何かしらは更新していくつもりです。

(6500文字程度)

引きこもり


 確か、人を殺してしまった。
 でも、それは不幸な事故であったし、周囲の人間も「お前が責任を感じることはない」と散々励ましてくれたような気もした。正直、今となっては誰を殺したのか、どのように殺したのか、何もかもまったく思い出せない。そして、この先も思い出すことは万が一にもあり得ないだろう。
 人を殺したのは、ただのきっかけに過ぎない。もしかしたら周囲の人が言うように、俺は人を殺していなかったのかもしれない。
 しかしまぁ、そんなものは瑣末なことだ。
 重要なのは、罪悪感を抱いている自分がいた。
ただ、それだけ。

* * *

 人の世は住みにくい。
 「人間」という字からわかるように、人は人の間に生きているのだ。自分だけではなく、他人と関わることで人は人間たりうる。関わりを断絶した人間は、もはや人ではなく、生物学上「ヒト」と分類されるだけである。
 そういう意味では、世間一般に「引きこもり」と呼ばれる人たちは、まだ人間と呼べるかもしれない。彼らのコミュニケーションに肉体は消失したが、ネットという媒介の下で彼らの意識は混沌を為し続ける。「個」としては、もはや死んでいるが、「人間」としてはまだかろうじて生きていると言えよう。
 俺はヒトになりたかった。
 喜びなんていらない。望むのは人を傷つけないことだけ。
 望みを叶えることは実に簡単だ。人は人として生きている以上、人を傷つけてしまう
可能性を孕む。だったら人間をやめれば良いだけだ。ただ、今思えば、俺は人間をやめる手段を誤った。つまり、ヒトまでやめようとしなかった、ということだ。しかし、そんな後悔が何の役にも立たないことは、すでにことわざが教えてくれている。

 人間という枷は、思いのほか強固なものだ。
 人との接触を恐れた俺は、必然的に自宅から出なくなった。ボロいアパートの二階で、静かに一人暮らしをしているため、引きこもる行為自体で誰かに迷惑をかけることはなかった。長期的な目で見れば、親に心配されたかもしれないが、実際にどうだったかは今となってはわからない。少なくとも、同じクラスの奴には心配されていたのかもしれない。
 ボロアパートにいてもやることはないので、結局、一般的な引きこもりと同じく、ネット世界に逃げ込んでいた。というより、何もしていないと、罪悪感に押しつぶされそうになるので、何か違うことに意識を向けていたかったのだ。しかし、ネットでは当たり前のように他人を誹謗中傷する発言が飛び交う。別に自分が誰かを傷つけているわけではないが、心が痛くなった。適当な動画サイトで流れてくる歌は無責任に自分を励ましてくれる。そんな歌で少し前向きな気分になる自分が嫌いだ。
 ネットに浸かれば浸かるほど、人間であることを自覚し、不快な気分が増していたにも関わらず、それでもネット世界に依存していたのは、それがどこか遠く、自分とは関係のない世界での出来事ではないかと信じこむことができたからであろう。ネットに肉体は存在しない。たとえ、「誰かが死んだ」と情報が流れても、それが正しいという事実はネット世界にいる以上、確認できない。「きっと質の悪い冗談だ」と思えばそこまでである。
 ただ、ネットは媒介に過ぎないわけで、現実で生きている以上、肉体を超越することはできない。つまり腹は減るし、排泄だってするし、眠くなったら眠りに就くわけだ。そして、今、空腹状態でなおかつ冷蔵庫は空っぽだ。食料をどこかで調達しなければならない。機械化が完全に進んでいない以上、人との交流は不可避だ。まったく、人間というものは面倒で仕方ない。

 まぁ、長くなったがここまでは前置きのようなものだ。
 俺は飯を買うため、久々に外に出ることにした。何日ぶりの外かは思い出せない。意外と自宅に食料があったため、結構長いこと部屋に籠城することができた。ろくに洗っていない服を脱いで洗濯機に投げ入れ、床に転がっている比較的汚れていない服を掴んでそれに着替える。
 そして、玄関で靴を履き、ドアを開けようとした時だった。
 ドアノブまで、手が届かなかった。
 上げようとした手が、思うように上がらなかったのだ。
 背筋も凍るような何とも表現し難い違和感を覚え、咄嗟に後ずさりをした。冷や汗をかいている自分がそこにはいた。
 異常な事態に思わず両手を確認する。問題なく肘の関節を曲げることができ、俺の二つの眼に、二つの手がちゃんと映る。ゆっくりと指を一つずつ曲げていく。それも、問題なく曲る。
 違和感は気のせいだったのだろうか。
 俺は一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。そして、今度は右の手を予めドアノブの高さに合わせたまま、ゆっくりと近づかせる。だが、今度はどうだろうか。確かに、ドアノブは目の前にあるのに、掴むことができない。まるで、ドアノブが遥か彼方にあるように感じられる。微かに、伸ばす手はドアノブへと近づいているのだが、掴める気配がしない。
 俺は諦めて、手を引くことにした。しかし、今度はドアノブが手を吸い寄せるように、なかなか手が離れない。今、ドアノブを掴みにかかれば簡単に触れることができそうではあった。だが、ドアに触れればそのまま喰われてしまうのではないか、そんな恐怖が俺を支配していて一刻も早くこのドアから離れたかった。幸いにも、ドアに引き寄せられる力は次第に弱くなり、大した時間もかからずドアから離れることができた。むしろ、力強く手を引いた勢いで、軽く尻もちをついてしまった。
 ドアから離れられたことに安心するものの、ドアが異常であるという事実は変わらなかった。俺はその後、何度かドアに手を近づけたが、近づこうとすれば斥力、遠ざかろうとすれば引力めいたものが発生することを確認した。その力は、ドアに近ければ近いほど、強い。まるで、ドアが俺を家から出さないようにしているようだった。
 ただ、腹が減っている以上、俺は何とかして、この部屋から脱出しなければならない。このままでは餓死してしまう。本当は引きこもりたいと思っているが、肉体とはなかなか不便なものだ。
 さて、とりあえずはドアに働くこの力の正体を暴かなくてはならない。気持ち悪くて思わず途中で手を引いてしまったが、最後までドアに向かって力を入れ続けるとどうなるのであろう。確かに、何らかの斥力が働いているように感じるのだが、まったくドアノブに近づけなくなるわけではない。もし、完全にドアへと近づけなくなる境界が存在するのであれば、ドアからの脱出は諦めなくてはならない。まずはそこから見極めよう。
 俺は、一度部屋の中へと戻り、押入れの中からゴムボールを取り出す。さすがに再びドアに向かって手を突っ込む気にはなれないので、ボールをドアに向かって投げつけることにした。ゴムボールは三つあったので、どれくらいの強さでドアにどこまで近づけるのか、多少の実験はできそうだ。
 まず、ピンク色のゴムボールを、軽くキャッチボールをする程度の強さでドアに向かって投げた。ボールはどこかで静止するか、もしくは時間はかかるがいずれドアにぶつかって跳ね返るものだと思っていた。しかし、ピンク色のボールの運動は俺の予想と大きく反していた。
 何事もなかったかのように、すぐさま跳ね返ってきたのだ。
 物理法則が当然のように仕事をしていた。鉛直方向は重力により地表へと引っ張られ、水平方向は速度を保持したまま壁にぶつかり、音を出して跳ね返る。その当たり前の運動が、俺には信じられなかった。
 もう一度手元に戻ってきたピンク色のボールを壁に向かって投げつける。力んでいたため、先ほどより強くボールを投げてしまったが、物理法則は簡単にねじ曲がることはなかった。
 結果が変わるわけではないと何となくわかっていたが、続いて黄色のボールを取り出した。そして、今度は投げるのではなく、玄関のドアに向かってゆっくりと転がしてみた。案の定、黄色いボールは何事もなかったかのようにドアにぶつかってバウンドし、さっきまで履いていた靴の前で運動をやめた。
 ドアに何らかの力を感じたのは、やはり気のせいだったのだろうか。
 俺は再び靴を履き、転がっていた黄色のボールを手に取る。そして、そのボールを握ったままドアへと近づけてみた。すると、どうだろう。さっきは何事もなく跳ね返ったはずのボールだったが、ボールがドアへと近づく速度は異様に遅い。手がドアへと近づけないだけなのだろうか。
 自然な運動は問題なく行われるが、人間の手が加わると遅くなる。そんなよくわからない仮説が正しいかどうかを試すため、俺は手首の力だけでボールをドアに向かって投げた。投げた、と表現したが、何らかの力のせいで手の動き自体が遅くなっていたので、ボールから手を離した、と言った方が自然かもしれない。実際、ボールはなかなか手から離れて行かなかった。確かに、ボールは宙を浮き、手よりは早くドアへと向かっていたが、その運動は異常なまでに遅かった。とりあえず、仮説は間違っていたようだ。
 ドアに囚われ続けているのも気持ち悪いので、俺はゆっくりとドアから離れる。もちろん、早くドアから離れたかったが、ドアの力により、必然的に動作はゆっくりとなる。ドアからの拘束力が次第に弱まった、すなわち手がドアから離れてきたとき、バンっと大きな音が聞こえた。音のする方向を見ると、投げたとは言い難かったボールがドアにぶつかって跳ね返っていた。そして、ドアから完全に手を引けたところで、ボールは勢い良く俺の顔面目がけて飛んできた。
 ボールがぶつかり、思わず顔を手で塞いだ。一瞬、何が起こったのかよくわからなかった。ただ、平然と床を転がっている黄色いボールを見て、次第に新たな仮説が俺の頭の中で組み立てられていた。
 俺はしばらく使っていなかった目覚まし時計を玄関から見える位置に置く。さらに秒針がちゃんと動いていることを確認する。本当は腕時計の方が好ましいが、俺は時間を携帯で確認するので、あいにく腕時計は持っていない。
 何となく、この仮説には自信があった。俺はそれを実証するため、秒針が零秒を指すと同時に、手を忌まわしきドアへと伸ばした。先ほどから何度も味わっている不気味な感触が手に現れる。だが、俺の視線はドアではなく、時計の秒針へと向いている。それを見て確信した。
 時間が遅れている、と。
 それも、ドアへと近づけば近づくほど、針の進みは遅くなった。そして、ドアから離れると、刻の進みは元通りとなる。
 一度、ドアから離れ、思考を整理する。
 子供の頃にアキレスと亀のパラドックスの話を聞いたとき、導かれる結論は明らかにおかしいのに、結論を導く論証過程が正しいように感じられて、何とも歯痒い思いをしたのをよく覚えている。今となっては、十分に知識もあり、アキレスと亀を数学的に解釈できる。あれは、アキレスが亀にたどり着くまでの有限時間を、無限に分割して、さも永遠に亀に追いつけないように見せているだけの話である。時間という概念を抜き取ったため、パラドックスが生じた、という話は案外多い。
 しかし、時間とは何だ。
 物理的には定義されているかもしれないが、例えば、一分という時間を取ってみても、その感じ方は人によって、さらには場面によって変わるはずだ。単純な話、楽しい時はあっという間に過ぎるし、苦痛な時は長く感じる。
 もはや均一な時の流れなど存在しない。相対性理論によれば、速く動いている物体ほど、時の流れは遅く感じる。光の速さに近づけば近づくほど、須臾が永遠のように感じられるのだ。そもそも、時が流れる、という表現自体不適切だという話もあるくらいだ。
 ただ、ここで時間論争を始めても何も解決しないのは事実だ。
 問題を再確認しよう。
 問題は単純で、亀は止まっている。従って、ドアまでたどり着く時間は有限ではあるが、なぜかわからないが、その時間が無限に分割され、一つ一つが不必要なまでに延ばされ、時間が永遠に存在しているように感じてしまう。実際に、永遠なのかはまだ判断できないが、そう思っていた方が賢明だろう。
 時間を感じるのは脳である。肉体は追いついていない。だから、動きが遅く、ドアから何らかの力が働いていると感じたのであろう。無機物であるボールはドアの影響など受けるわけがない。ひとまず、これで今まで起きた現象の説明はすべてつく。
 これらを踏まえれば、ドアを開けること自体は容易い。要は時間が遅くなるエリアに、自分の身体が入らなければ良いのだ。
 俺は物干し竿を引っ張り出し、それを使ってドアから少し離れたところで、鍵を開けることを試みる。少し苦戦はしたものの、すぐに錠は開いた。そして、そのまま竿を降ろしてドアノブを回し、力いっぱい押してドアを開けた。
 外から風が入る。久々の外の空気だ。
 身体で風を感じて、軽く感動したが、そもそも外には出たくなかったことを思い出す。肉体などなかったら、腹も減ることもないし、外の空気を浴びて無駄に感動することもなかったのだ。改めて、肉体とは不便なものだ。
 だからと言って、外に出ないわけにも行かない。俺は靴を履き直して、ようやく外に出ようとする。が、外に出ようとするも、動きが遅い。咄嗟に俺は身を引いた。残念なことに、どうやらソイツはドア自身ではなく、部屋と外との境界にいるようだった。外から風は吹いているというのに、俺はまだ外へと出られないようだ。
 どうしても俺の玄関は、俺を外へと出したくないらしい。無理矢理出ようとしてもいいが、玄関を出るまでに悠久の時を過ごすのはさすがにごめんだ。しかし、この玄関、利用できないこともない。十分な知識さえあれば、ここは永遠に思考を繰り返すことができる楽園にもなる。くだらない話、試験前で時間がなくても、この空間では十分な学習ができるわけだ。お金で買えない時間がここでは手に入るのだ。ならば使い方によっては、いくらでも金を稼ぐこともできよう。
 ただ、現在目の前にある問題は腹が減っているということだ。どう利用するかはさておき、まずは部屋から脱出しなければならない。
 玄関から出られないのであれば、玄関以外から出ればいい。驚くほどに俺は至って冷静であった。いや、冷静だと思い込んでいただけなのかもしれない。俺は部屋の窓の開け、外を確認する。ここは二階のため、着地を失敗したら足を痛めるかもしれないが、命に別状はないだろう。しかも幸いなことに、俺の部屋の窓の近くには大きな木が伸びている。普段は日の入りが悪くなるから切ってしまおうかと思っていたが、今回ばかりは有難い。この木に飛びついて、そこからゆっくりと降りて行けばいい。
 窓から木までは一メートルほど距離があるので、部屋の中を土足で、軽く助走をつける。そして俺は木へと飛びつこうとした。

 俺はゆっくりと思い返す。
 人を殺してしまった。
 でも、ついさっきまで、どうやって玄関に生じた空間を利用するかを考えていた。罪悪感はどこへ行ってしまったのだろうか。目の前に大儲けできる道具が転がってきたら忘れてしまう、所詮、その程度の罪悪感だったのかもしれない。
 ただ、今ならどうして時が遅くなるような空間が現れたのか、わかるような気がする。それは、きっと罪を償うためだ。引きこもっていた俺は、完全に罪から目を背けようとしていた。だから、現実を、人間を見ないようにしていた。だから、罪悪感も簡単に忘れそうになるのだ。自分が人間である以上、罪なんて消えるわけがないのに。罪が償われるのは、自分が人間でなくなるときだ。それを教えるために、あの空間は出現したのだろう。

 だって、窓にも同じ空間があったのだから。

 勢いをつけて飛び出した以上、後戻りはできなかった。身体は完全に宙にあった。もうどうしようもできない。
 できることと言えば、考えることだけであった。もはや肉体などに意味はない。
 数えきれないほど謝罪をした。しかし、誰も許してはくれない。
 誰でもいいから助けて欲しいと願った。神にも助けを請いた。しかし、誰も助けてはくれない。
 最終的には死を望んだ。しかし、誰も殺してはくれない。もちろん、自分で死ぬことも叶わない。

 そうして、俺はヒトになった。

* * *

 その日、あるアパートの前で、男の死体が発見された。
 ただ、死体と呼んでいいのか難しいところであった。
 というのも、その男の身体に一切の外傷もなく、心臓も僅かに動いていたのだ。
 しかし、脳の機能は完全に停止している、所謂脳死状態であったのである。

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